平成22年度父母会長メッセージ [父母会より]
平成22年度父母会長の坪井康次です。2人の娘が茗溪学園にお世話になり、この度は微力ながら、学園の生徒の皆さん、教職員の皆様、そして父母の皆様のお役にたてれば幸いと思い、会長をお引き受けいたしました。
茗溪学園父母会は、学園の先生方に教育の場でより一層その本領を発揮していただけるように様々な教育環境を整えることを最も重要な役割の一つとしております。そのためにこのホームページが、父母会の活動のご紹介、学園の行事や先生方のご紹介の場として大いに活用されることを期待しております。このサイトを訪れる方の中には、お子様の茗溪学園への進学を考えている方もいらっしゃることと思います。随意に閲覧できますので父母会の広報活動としてはとても重要な「場」であると考えております。
茗溪学園では父母による様々なボランティア活動が大変盛んに行われ、父母も楽しい「学園生活」を過ごしているのが一つの特徴と言えます。父母会では今後も「楽しみながらできるボランティア活動」「参加してよかったなと思えるようなボランティア事業」を展開し、それらを通じて、茗溪学園の特色ある教育に是非とも貢献していきたいと考えております。
今年度も多くの新たな父母会員をお迎えすることができました。そこで、父母の皆様の新しい視点や創造的なアイデアをできるだけ父母会に取り入れるために、本部父母会、地区父母会、学年父母会、事業委員会の間での意見や情報の交換をさらに容易にすることが強く望まれております。そのための重要な「場」としても、このホームページの役割に大きな期待が寄せられております。
最後にこのような父母会の活動に対して是非とも皆様のご理解とご協力いただけますようお願い申し上げて、ご挨拶とさせていただきます。
平成22年度茗溪学園バザーのご案内 [行事案内]

今年も6月12(土)〜13日(日)桐創祭が行われ、12日(土)は、恒例のバザーが開催されます。
このバザーは生徒のボランテイア活動を支援するために始まりましたが、現在は父母会主催となって行われています。 例年茗溪学園の父母の皆様を始め、近隣の方々も楽しみにしていらっしゃるとのことです。毎年たくさんの方々のご協力で、知的障害をもたれる方々や、家庭に恵まれない子供たちのための施設、いのちの電話、およびユニセフなどに寄付をいたしております。さらに、茗溪学園の生徒たちの学園生活に役立てようと、18年度は放課後パン販売用の机と棚を、19年度は整列時に使用するベルトパーテーションを購入いたしました。また、一昨年度と昨年度には「バリアフリー基金ウィッシュ」に寄付することができました。(「バリアフリー基金ウィッシュ」とは、27回生の卒業記念として設けられたバリアフリーのための特別支援基金です。)
今後も従来の施設等への寄付を続けるとともに、一部を茗溪学園の生徒たちの
学園生活支援へ役立てたいと考えております。
どうぞよろしくお願いいたします。

日時: 2010年6月12日(土)午前11時〜午後1時
場所: 茗溪学園体育館1階 多目的スペース
*みなさまに気持ち良く買い物をしていただくために、バザーの販売時間を30分間隔で区切り、入れ替え制をとりいれています。整理券を入手のうえ、記載の時間においで下さい。
但し、保護者同伴の場合は、小学生以下は整理券不要です。
また、12時半からは整理券なしで入場できます。沢山の方のお越しをお待ちしています。
整理券配布場所: 中学部棟入口 ピロティ
配布開始時間: 午前10時より
平成21年度つくば北地区父母会の活動 [地区父母会]
つくば北地区父母会は、南はつくばエクスプレスの万博記念公園駅付近から北は筑波山の麓までの広い地域の父母会ですが、会員世帯数は50くらいで多くはありません。生徒は、自転車やスクールバス、つくバスなどを利用して、地区のあちこちから通学しており、出身小学校もまちまちで、茗溪学園に子供を入学させて初めて出会った父母が多い会です。そこで、4月の役員会の新入生父母歓迎会で顔合わせを行い、6月の総会とそれに引き続いて行われる地区担当の先生方との懇親会が会全体での交流の場となり、学年を超えた情報交換のきっかけになりました。
この他に、つくば北地区父母会では、2月に講演会を催しており、今年は4年生の学年父母会と合同で、高島渉教頭先生を講師にお迎えして「今,世界が求めている人材とは」−それを育てる茗溪学園の教育―というテーマで講演をしていただきました。その中で、「人は、人間の可能性の幅が広がったと思えるときに感動する。」という井上ひさし氏の言葉が紹介されました。教育では、生徒を有名大学に合格させるのが重要なのではなく、一人ひとりの幅を広げることが重要で、その感動を通して自信が持て、自己肯定感が持て、夢が持て、生きることをすばらしいと思えるようになるという茗溪学園の知識一辺倒ではない体験教育の意義が語られました。体験学習は、失敗してもよく、そこから学ぶことがあればよいという考え方でやっており、それをある生徒が卒業式の答辞の中で「茗溪学園に成功の約束された行事はひとつとしてありません。ただやればよいというように用意された行事では成功へ向けての一体感や感動は得られません。」と言ってみごとに表現してくれたというエピソードも紹介されました。
また、林竹二氏の「学んだことのたった一つの証は変わることである。」という言葉も紹介され、親としてできることは、様々な体験を通して感動を味わって変わり、成長した子供を見て、親も感動して変わることである。成長する子供を信頼することであるという考えを述べられました。子供の進路の決定に関しては、親は意見を述べるものの、最終的には子供に自己決定させることが、子供の人生にとって大切であるという言葉が、これから受験に直面する子供を持つ親としては心に残りました。茗溪学園で多くの感動を得て学び、成長した子供を信じて、さらに自分の幅を広げられる道を自分で見つけて行けるようサポートするが親の役目と思いました。
講演会の最後には、高島先生とこの3月にお子さんの卒業とともに地区父母会を卒業される6年生のお母さんを中心に記念撮影をして、会の思い出といたしました。
桐創祭バザーに参加して [父母の行事参加]

平成21年度も、毎年恒例である父母会主催の桐創祭バザーを無事終了させることができました。父母の皆様からは、リサイクル制服及び提供品を多数ご寄付いただき、また、バザー当日はご購入でも多大なご協力をいただきました。
たくさんの方の協力を得て、桐創祭バザーに参加してきましたが、無事終了できましたのも、事前準備から頑張ってくれたバザー委員のメンバー、学校側の窓口となってくださった吉田教頭先生、当日お手伝いいただいたボランティアの皆様、整理券配布やPRのお手伝いしてくれた生徒さん達のおかげと、心から感謝しています。また、楽しく活動できたことをうれしく思います。

私は2年前に軽い気持ちで、バザーボランティアに参加したのですが、バザー当日に、バザー提供品の陳列から値付けを行い、整理券による入替制により半日で販売してしまうという、バザー委員さんの指示によりとても要領よく運営されている桐創祭バザーにとても感激しました。
その翌年から2年続けてバザー委員をやらせていただきましたが、先輩バザー委員さんの年々改善されてきたやり方を受け継ぎ、今年度もより円滑に運営することができ、満足のいく収益も得ることができました。

このバザー収益金は、父母会運営委員会で承認いただき、社会福祉法人(慈光学園、ひかりの子学園、茨城いのちの電話)、ユニセフおよび学校(バリアフリー基金ウィッシュ)へ寄付させていただきました。
次年度もより多くの皆様にご理解、ご協力いただいて、みなさまの交流の場として楽しみながら、桐創祭バザーができることを願っています。
数学科:永田眞裕先生 [先生の紹介]

今回は数学科の永田眞裕先生です。
2009年10月31日(土)午後、茗溪学園会議室でインタビューに答えていただきました。
父母会HP編集委員会 長命(29K)、槌尾(29K)、北本(29K)、森田(29K&30K)、茶木(30K)、伊藤(30K)
―ご出身はどちらですか?
埼玉県草加市です。生まれは東京ですが、3歳くらいの時に草加市に引っ越してきて、大学卒業まで過ごしました。中学は草加中に通いました。1学年に13〜15クラスもあるマンモス校でしたが、中2の時に分かれて私は新設校の瀬崎中に移りました。その後埼玉県立春日部高校に入学しました。
高校時代は相撲部に入っていました。たまたま見に行った時、誘われるままに入部してしまいました。小中学校時代から相撲をよく見ていましたし、父親に国技館に数回連れて行ってもらったこともあり、またその時相撲部に体格の大きい人がいなかったことも入部する気になった理由のひとつかもしれません。部員数が少ないにもかかわらず、関東大会まで行きました。僕は身体が小さいので、最初の頃は大変でしたが、当時はそれでもかなり鍛えていたので身体の小ささを結構カバーできました。
続きを読む "数学科:永田眞裕先生"保健体育科:芥川俊英先生 [先生の紹介]

平成21年8月22日、夏合宿の合間の貴重なお時間を頂いて、中学ラグビー部監督、保健体育科の芥川俊英先生にお話を伺いました。芥川先生は茗溪学園の18回生でもあります。生徒としてそして教師としての両立場から見た茗溪学園とは…。
父母会HP編集委員会 赤松(32K)、江口(32K)、川越(32K 34K)、吉村(34K)、皆川(34K)
<サッカー少年がラガーに転向した運命の日>
―ご出身地と小学生の頃のことを教えてください。
両親は山口県の出身で、僕も山口で生まれ、0歳の時に父の仕事の都合で、新松戸に引っ越してきました。今でも僕にとっての故郷は山口で、瀬戸内海で捕れた新鮮な魚料理が大好きです。小学校の頃は、とにかく運動大好きな元気な子どもでした。1年生の時からチームに入ってサッカーを始め、その頃の将来の夢は、Jリーガーでした。